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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1320号 判決 1985年7月19日

名古屋市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

福岡正充

正村俊記

静岡県浜松市<以下省略>

被告

Y1

大阪市<以下省略>

被告

豊田商事株式会社

右代表者代表取締役

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金二七一万八三一五円及びこれに対する昭和五九年一〇月二七日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

一  原告の申立

1  被告らは、各自、原告に対し、金四九九万二六三〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  原告の請求原因

1  当事者

(一)  原告は、大正五年生まれ(六九歳)の一人暮らしの無職の老人で、年金で生活している者である。原告は、足の関節炎、胆石、一二指腸潰瘍等を患い、病院通いをしている。

(二)  被告豊田商事株式会社(以下、被告会社という。)は、昭和五六年四月二二日設立された、貴金属の輸入および販売、商品市場における先物取引投資などを目的とする株式会社であり、営業店舗数約四〇店舗を有し、被告Y1は、昭和五九年一〇月当時、被告会社名古屋金山支店の営業部係長をしていたものである。

2  被告会社の「金の現物まがい商法」

被告会社は、次のような方法で、顧客に金の販売をなしていた。すなわち、

(一)  被告会社の各支店には多数の女性テレフオン営業担当がいて、各地域の電話帳を使用して、そこに記載されている電話を順次無差別にダイヤルし、「金は必ず値上がりしますので元本は、絶対安全で非常に有利な投資です。当社は、時価から一〇パーセント値引きして売っています。社員をうかがわせますのでお話をお聞き下さい。」と金を購入するよう勧誘している。

(二)(1)  一応金の購入に興味のありそうな手ごたえがあると、テレフオン係から訪問による営業担当者へバトンタッチされ、少量の現物金地金を見せたりして金を購入するように勧誘が始まる。

(2) 見込客の大部分は、主婦と老人で、老人の場合は、ひとり暮らしが非常に多い。家のなかへ上がりこんで何時間もねばり、「金は、絶対値上がりするから大丈夫です、一年たてば絶対にもうかります。」という言葉を繰返し、しつこくつきまとう。

(3) 見込客が購入する旨返事をすると、いつたん短期間少量の金塊(インゴット)を客に渡す現物売買の場合もあるが、大部分は、「金塊は、当社が一年ないし五年間預って運用します。金地金を当社へ預けていただければ、時価の一〇パーセントないし一五パーセント相当の一年分の賃借料を前払いいたします。」と、あらためて被告会社が金地金を預る「預り証券」による方法を強引に勧めて契約させる。

(三)  これは、金塊の現物のかわりに金証券を売る「金の現物まがい商法」として広く知られつつあるが、結局顧客の手元には、代金と引換えに金塊の預り証券が残るだけである。

3  原告に対する勧誘と購入

(一)  昭和五九年一〇月二六日朝、被告会社名古屋金山支店から原告宅へ女性の声で電話があり、「今、金が安くなっています。いかがでしょうか。人をやりますので、買わなくてもいいから話だけ聞いてやってください。」と勧誘があった。

(二)  原告は、右電話による勧誘を断ったが、同日午後一時一〇分頃被告Y1が原告方を訪れ、同日午後六時頃まで、五時間もの長時間、次のように執拗に勧誘した。

(1) 「どうして生活しているのか。銀行・郵便局では、利息が安く損だ。そんな所に預けてもったいない。」

「純金を買いなさい。絶対に損はない。五年たてば、金は、必ず倍になる。」

(2) 「うちの会社は、お客さんから純金を預り、大きな事業にまわしている。五年間預らせてもらえば、お客さんに年一五パーセントの賃料を前払いします。」

(3) 「五年の満期が来れば、現物を返します。」

(4) 「一年に一度ツアーで海外旅行に招待します。」

(5) 「お客さんは、皆、大喜びし、感謝し、涙流している人もいます。」

(三)  原告は、被告Y1の五時間にも及ぶ執拗な勧誘に根負けし、また、足の関節炎による苦痛に耐えかね、早く帰ってもらいたい一心で、被告Y1に言われるがままに、同日二キログラムの純金注文書、期間五年の純金ファミリー契約書に署名押印した。

(四)  原告が二六日注文した純金の数量は、二キログラムであったが、被告会社は、翌二七日に勝手に右数量を三キログラムに変更するなどしたため、原告は、被告会社の商法に不信を抱き、同年一〇月二九日名古屋市消費生活センターに相談した。

(五)  右センターを介して、原告は、同年一〇月二九日、被告会社に右契約の解約を申し入れしたところ、同日、午後六時四五分頃被告Y1が原告宅を訪れ、午後九時四五分頃まで、三時間にわたって、契約を継続するように執拗に迫った。

(六)  原告は、疲れ果てて、一旦は契約を継続することとし、結局、別紙購入明細表のとおり純金二・二キログラムを購入したという扱いがなされた。

(七)  原告は、昭和五九年一〇月二七日老後の生活資金として蓄えておいた郵便局の定額貯金を解約して、同日被告会社に金五二五万円を支払ったが、同年一〇月三一日金九万三七五〇円の返還を受けたので、現実に支払った金額は、金五一五万六二五〇円となる。

4  被告らが、原告より被告会社に現金五一五万六二五〇円を交付させた右行為は、不法行為にあたる。すなわち、

(一)  被告らは、原告に対し、要旨「顧客は、被告会社から一旦現物の金塊を購入し、そのうえで購入した金塊を再び一年間ないし五年間被告会社に対し預ける。被告会社が顧客から預った金塊を運用して利益を出す。被告会社は顧客に対しこの預かる対価として時価の一〇パーセントないし一五パーセント相当の賃借料をあらかじめ支払う(または、時価の一〇パーセントないし一五パーセント相当の値引をする)。」と申し向け、金塊を預った証拠として「純金ファミリー契約証券」を発行することを約し、右金員の交付を受けたものである。

(二)  しかし、金塊を預って金塊として運用し利益を出す方法は無い。被告らの言辞のとおりであれば、顧客からの金塊の預託は、金塊の賃貸借であるから、顧客特定の金塊として運用しなければならないが、金塊のまま運用し利益を出すことは不可能である。むしろ、被告会社が顧客から金塊の代金名目で受領した金銭を乾ケン、小豆、大豆などの先物取引に投入していることは、先物取引業界で公知の事実となっている。また、被告会社は、被告会社ならびに(株)トヨタゴールド、豊田観光(株)、トヨタツーリスト(株)及び日本高原開発(株)など子会社を通して不動産投資や観光代理業などを経営し高い利益をあげていると説明する。更には、宗教法人を設立しその全面的なバックアップをするということである。そうだとすると、被告会社は顧客から「純金を預る」という名目で金銭を集め、その金銭をもって運用しているものといわざるを得ない。

(三)  すなわち、被告らの行為は、

(1) 出資法違反(同法二条)

被告会社は、不特定かつ多数の者から利息相当額を「賃借料」等の名目で先払いし預金や貯金と同様の経済的性質を有するものとして、「純金塊を預る」という名目で金銭の受入れを行ない、「金は、絶対値上がりするから一年後には必ず儲かる」と元本額以上の額が返還されることを約している。これは、出資法第二条の預り金の禁止にあたる。

(2) 詐欺(民法九六条)

被告会社及び被告らは、被告会社が顧客の純金を購入することはないこと及び純金で運用する方法はないことを充分承知のうえで、原告に対し、「当社から純金を購入して預けたならばその純金を当社が運用して利益をお渡しします」などと虚偽の事実を申し向けて、金銭を交付させている。この時に既に詐欺が成立している。

(3) 公序良俗違反(民法九〇条)

もともとありえない運用方法を説明し、しかも出資法二条に違反しているのであるから、被告会社の右取引は、公序良俗に違反して、無効である。

(四)  よって、被告らの右行為の違法性は明らかであり、また、被告らは、被告会社が金銭を収奪することが違法であることを充分承知のうえ、被告Y1は、原告に対し、被告会社の証券を売りつけ代金名目で金銭を交付させ、被告会社はこれを業務としてなしていたものであって、いずれも故意責任がある。

5  損害

(一)  物的損害 金二二七万一三一五円

原告は、その後被告会社に対し、契約の解約を申し入れ支払った金銭の返還を求めたが、被告会社は、実際の支払の約五六パーセントに当る金二八八万四九三五円を返還しただけで残金二二七万一三一五円の返還をしようとしない。

(二)  精神的損害 金二二七万一三一五円

原告は、老後の生活資金としてコツコツと蓄えていた郵便貯金を全部被告会社にだましとられたと知って後、心配で夜も寝られない日が続いた。もともと病気がちで病院通いをしていた原告は、被告会社らの右不法行為による不安・怒り等で一か月で四キログラムもやせてしまった。

原告の右精神的苦痛は、前記未だに返還されない金額と同額をもって慰謝するのが相当である。

(三)  弁護士費用 金四五万円

原告は、被告らが損害を賠償しないため、弁護士に訴訟の依頼をしなければならなくなった。弁護士費用は、損害の約一〇パーセントとして、金四五万円である。これも被告らの不法行為と相当因果関係のある損害である。

6  よって、原告は、被告ら各自に対し、民法第七〇九条に基づき、損害賠償として、右損害額合計金四九九万二六三〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和五九年一〇月二七日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  被告らは、適式な呼出を受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

理由

一  被告らは、原告主張の請求原因事実を明らかに争わないので、これをすべて自白したものとみなされる。

二  右事実によれば、被告らが、原告より金購入代金名下に現金五一五万六二五〇円を被告会社に交付させた行為は、出資法二条に違反し、詐欺および公序良俗違反にもあたるもので、その取引契約は無効であり、違法な侵害行為にあたることは明らかであり、右侵害行為につき被告らはいずれも故意あるものであって、これによって原告に生じた損害を賠償すべき不法行為責任を負わなければならない。

三1  右一の事実によれば、原告が被告らの不法行為により物的損害金二二七万一三一五円を蒙っていることは明らかである。

2  そして、原告がそのために精神的苦痛を蒙ったことについても、自白が成立している。ところで、原告が蒙った精神的苦痛を慰謝すべき金額については、財産的損害が賠償されることにより通常その精神的苦痛も回復されるものと考えられるものの、本件の場合においては、年金生活をする一人暮しの老令の原告が、老後の生活資金として蓄えた唯一の預金をだまし取られたことにより、今後の生活に言いようのない不安にさいなまれたというのであるから、単に財産的損害の賠償のみによっては償えない甚大な精神的苦痛も被ったとみることができ、かつ、被告らもこれを予見し、または予見し得たであろうことが容易に推認できるので、右精神的損害についても慰藉料の請求をなしうるというべきである。しかし、これを慰藉する金額としては金二〇万円をもって相当とみることができ、これを越える原告の主張は採用することができない。

3  そうすると、原告に生じた損害は合計金二四七万一三一五円になるのであるから、これを訴求するための弁護士費用も、その一割に相当する二四万七〇〇〇円をもって、被告らの不法行為と相当因果関係のある損害とみるべきである。

4  したがって、原告に生じた総損害額は金二七一万八三一五円である。

四  以上のとおりであるから、被告らは、各自、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、損害金二七一万八三一五円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五九年一〇月二八日より支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よって、原告の本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内捷司)

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